先日、渡辺文樹監督の上映会が近くでありまして、それを見に行ったわけです。
渡辺文樹監督というのは、詳しくはWikipediaを参照して欲しいんですが
天皇とか右翼とかをそういう「危ない」ひとたちを対象に映画を撮って各地で自主上映をしている人で、公民館から上映拒否をされて裁判になったり、また警察にも色々睨まれているらしく何回か逮捕されているという、とても面白い人だそうです。ですのでそういう話をネットで見かけるにつれ、結構前から見たいな―と思ってたんですが、あいにく市販されているDVDとかもなく、自主上映会ぐらいでしか見られないので、なかなか見られなかった訳です。
で、今回僕は
伝説の監督・渡辺文樹が新作で再び公安・右翼と激突!4月の上映はここだ!- 月刊「創」ブログ
に挙げられている上映会の内
●4月22日(木)板橋区成増アクトホール5Fにて14時「ノモンハン」16時「天皇伝説」17時半「三島由紀夫」19時10分「赤報隊」
というのに行ってきたわけです。
会場周辺・会場内の様子
正直言ってちょーっと右翼の街宣車とかがきてものものしい雰囲気になることを期待したりもしたんですがw((もめ事見るために東京出てきたようなもんだからねぇ))、まぁ当日が雨だったというせいもあるのかもしれませんがそれはなく、ふつーに上映会は始まりました。まぁ、上映途中の、ちょうど『天皇伝説』の前ぐらいではなんか受付の方でもめ事があったみたいなんですが、さすがにそれはちょっと(すでに上映している部屋の中だったので)見に行けませんでした。今思うと見に行けばよかったよなーと思ったりもしたりして。
会場はまぁそんなに広いところではなく、普通の会議室っぽいところに映写機とスクリーンが置いてあったんですが、客は全編通して結構10〜20人ぐらい居た気がします。なんか映画青年っぽい人が目立ったような。
というわけで、映画の感想。
『ノモンハン』
ノモンハン事変から、自分の家に帰ってきたある男の物語。その男が、妻の不倫疑惑を追求していく内に、その男が戦場で経験したある皇族将校の存在が浮かび上がってくる。
まぁこれが人生初の渡辺文樹映画だったわけで、最初はなかなか身構えていたんですが、これがなかなか面白く、一つのミステリーとして良くできていました。カメラワークもなかなか凝っていて、一人の顔を画面正面に映し出して語らせたり、あるいは遠景を使ったり、あと画面の光を極力なくすことで物語の重苦しい雰囲気を表現していましたね。ただ、逆にちょっと物語がなかなか重苦しくてスローなため、結構前半から中盤にかけては疲れますが、後半の謎が解けていき、真実が明らかになるシーンはなかなか見入っちゃいます。
俳優の演技はまぁ素人さんですから当然そんなに期待はしてなかったわけですが、これもなかなか。棒読みの人が殆どなんですが、むしろ棒読みなことにより、より「本心を表に出していない感じ」とかが伝わってくるキャラクターとかもあって良いです。特に皇族将校の人の怪演は、僕がああいう気狂いキャラが好きだという点もありますが、素晴らしい。また、男の妻の女性もまさに「妖艶」という感じで、その二人のシーンは本当に良い!
で、ストーリーなんですが、まぁこれはもちろん「天皇制批判」や「部落問題」もテーマにしているわけですが、ただこの後の映画に比べると、どっちかというとそれはストーリーの主流ではなく、どっちかというと主流は男と女の物語ではないかなーと思いました。
だからおすすめしたい人は、政治的なことを考えたい人よりは、むしろきちんと「映画」が好きな人、それも映画をより「文学的」に見たい人ですね。
『天皇伝説』
そして次に上映されたのが天皇伝説。まぁ渡辺文樹といったらこれという感じがしますし((色々話題になったという点で))、前述の通り、この映画の前に受付でいざこざもあったりしましたから、嫌が応もなく緊張感も高まります。
で、映画が始まったんですが、なんか「天皇をものすごい批判しまくるのかなー」と思っていたら、そんなことはなく映画は進んでいき、内容としてはなんか家族を殺され、しかもその罪の濡れ衣を着せられた男が逃げながら真犯人を追うという、まんま『逃亡者』なストーリー(実際明らかに逃亡者をオマージュした場面も映画中に数多くある)で、そしてその男の握った秘密というのが「天皇制」に関わる重大な秘密であって、映画が進むにつれそれが明らかになっていくという感じです。
で、実は見始めた当初は「うーん……」という感じだったんですね。だって何せそんなに予算もかけられてなく、役者も素人ですから、アクションっつってもそんなに上手くもないし、よく映像見ていると「あれ、おかしくない?」という場面も多い。前作の『ノモンハン』の男の子供がこの『天皇伝説』の主人公(というとらえ方で良いのかな)であるという仕掛けは面白かったんですが、それ以外は正直「やっぱ予算もそんなにないんだからノモンハンみたいに会話劇中心にした方が良いんじゃないのかなー」と思ったりしたんですね。
ですが、それが変わってきたのが、「天皇制の真実」というのが語られたころです。なんですが、その真実っていうところで語られることが実は(というか当初からなんですが)結構うさんくさく、まぁぶっちゃければ典型的陰謀論なんですね。ですが、それを見たとき、僕はなんか不思議な面白さを感じるわけです。
別にこんな「うさんくさい陰謀論」にしなくても天皇制の真実について映画内で正当性をもって描くことは可能だと思うんですよ。事実、ノモンハンの話においては―まぁ僕はさすがに「皇族将校の話」が本当に真実だとは思いませんが―しかし少なくとも映画内では「リアリティ」ある話となっていたわけです。ところが、それがこの映画における「天皇制の真実」にはなく、「地に足がついていない」話として語られる((しかもその話が語られるのは、偶然なのか必然なのか分かりませんが、やがて墜落するセスナ機の中なわけです))。
で、僕は、むしろそれこそがこの映画の狙いなんじゃないかと思うわけです。そう考えるとあの(正直言って)稚拙なアクションシーンも、それに気づかせる「仕掛け」なのではないかという風に考えることができるわけですね。
それを裏付ける傍証となるのが、映画中での「実際のニュース映像」の多用です。僕は最初、「ああドキュメンタリーチックに見せたいのかな。結構流行の(僕も結構好きな)テクニックだよね」と思ってたんですが、だんだん内容がおかしくなってくる。というのは別に陰謀論的なおかしさではなくて、例えばこの映画中で誰それが死んだという時に、実際に「死体が発見された」ニュース映像が流されたり、あるいは主人公の乗っているセスナ機が墜落したときに、実際の「セスナ機墜落」のニュース映像が流されるわけです。
これは明らかにおかしいんですね。確かにこの映画が伝えたい「天皇制の真相」というのは真実かもしれません、でも、だからといって、別にこの映画は「それを知ってしまったためにこうして狙われた人間が実際に居たんだ」ということまでは別に真実として伝えたいわけではないはずです。ていうかだって実際にこの映画の主人公である「渡辺文樹」は後ろで映写器回しているし、まぁ何回か捕まってはいますが、さすがに「殺人」なんていうえん罪を着せられたという話も聞かないわけですから。それは嘘で良いんであって、わざわざニュース映像をもってくる必要は、ないはずなんです。
だけど敢えてそういう「フィクション」の描写にまで「ノンフィクション」の描写をする。つまりそこでは、「隠された事実」というのが提示されるのではなく、そもそも「事実/虚構」という二項対立が攪乱((こういう言い回し、実は憧れてたw))されているわけです。
もしただ「天皇制の真実を暴露」したいというのなら、そんなまどろっこしいことをする必要は一切無い。そうでなく、この映画がしたかったことは、「真実なんて(分から)ない」ということを伝えることだったのではないかと。その為に、「血が繋がった天皇家」という真実が実は嘘であることを指摘した後、その嘘に対し「真実」をぶつけるのではなく、「もっと稚拙な嘘」をぶつけ、観客を混乱させているのです。
その意味で、この映画は「陰謀論を超えた陰謀論」と言っても良いと思います。
僕は、「陰謀論」というのは、それが陰謀という「真実」を提示するものである限りは不完全なものだと思っています。だって、陰謀論の基本的テンプレートとしては「△△は陰謀を企んでいる。このことは□□という証拠から分かる」というものですが、その□□という証拠が仕組まれたもの、つまり別の第三者が△△を陥れるために仕組んだ陰謀でないと、どうして言えるでしょう?そして、その問いを突き詰めていけば、「そもそも自分が五感で感じている情報は本当に正確な情報だろうか。実は自分はすでに脳みそだけで、五感全て誰かに操られた感覚なのではないだろうか」という根本的な懐疑にまで行き着くのが必然な訳です。そして、そうならない陰謀論というのは、所詮どこかで疑うのを止めた、不完全な陰謀論なのです。
そして多分、この映画はそれが分かっているからこそ、敢えて「真実」を真実らしく語る=騙ることを放棄しているんではないかと、僕は考えているわけです。だからこそこの映画の最後のシーンでは、手に入れた「真実」をああいう風にしてしまったのです。
そう考えると、この映画に対して右翼が怒り狂った理由も何となくうなづけます。それは「天皇家の血筋が繋がっていないなどという嘘をついている」などという、彼らが言う表面的理由ではありません。だって、映画見れば分かりますが、この映画が騙る「天皇家の真実」なんて、失礼だけど、本当になーんも説得力ないんだもの。もし彼らがそんな表面的な理由で怒っていたなら、これが公開されて評判が広まり、「真実味はあんまんないよねー」という感想が伝わった時点でもうその怒りは収まるはず。だけど今もまだその怒りは収まらず、最初の創ブログの記事で挙げたように今もまだ右翼は抗議する。その背景には、もっと根源的な怒りがあるのです。右翼とは何を信じている人か。「天皇制」?「日本」?それらは確かに代表的な特徴ですが、しかしそれは右翼の本質ではない。右翼の本質、それは「何かこの世の中には確かなものが実在していて、その『確かなもの』に人は奉仕しなければならない」という形式です((「左翼もそうじゃん」という声もありますが、左翼は「ここにないもの」を信じる立場です))。その「確かなものがこの世の中にはある」という形式をこの映画は傷つけ、「確かなものなんてない」とする。そのことに右翼は怒り狂っているのでは、ないでしょうか。
ですので、この映画はそこまで深く考えることが出来る人にお勧めです。逆に言えば、単純に「天皇家の真実を知りたい!」とかいう人はむしろ映画を見たら、よほどのビリーバーでない限り失望すると思いますし、あと、「そんなに考えて映画見たくない」っていう人にとっても、正直ただの稚拙なアクション映画としか写らないのではないかなーと思います。でもまぁ稚拙といっても手に汗握る(というかロープウェイのシーンはむしろあのチープさが良い味出しているのかも)部分はあるので、期待値を高く持たないならおすすめです。というかこの映画はむしろ、この映画を見る人が、見る前に持っていた「期待」を裏切って、別の面白さを提示する、そんなタイプの映画だと思いますね。だから、おすすめしたいのは、むしろ「裏切られたい人」かもしれません。
『三島由紀夫』
で、その次に上映されたのが『三島由紀夫』。これは、この次に上映される『赤報隊』と一緒の『政治と暴力』シリーズ第一部ですという説明が最初になされました。
で、内容は……あの、これ言うとみんなに一瞬で馬鹿にされちゃう感想だと思うけど、どーにも頭から離れないので言っちゃいます。
実写版パトレイバー2……
いや分かるんですよ。これ、話のストーリーとしては主人公が元々自衛隊員でね、三島由紀夫のクーデター未遂事件に少し関わったということで捕まっちゃったりした人間が、銀行に入って自衛隊のレーダー建設の駆け引きに巻き込まれていくっていう話で、話の中で三島由紀夫のクーデター未遂事件の背後には実は自衛隊の影があり、実際は途中まで三島由紀夫を利用して自衛隊がクーデターを起こす計画だったという回想がなされたりするわけです。で、当たり前ですが三島由紀夫事件っていうのは当然パトレイバー2の元になった事件でもあるわけで、元が同じだから似るのは当然なんですが、しかしどーもまずもってアニオタである僕の頭の中からはその連想が離れなかったんですね。
で、そうやって見ていくと色々場面も似てて、特にミグ25が亡命してくるシーンなんていうのはまんまパトレイバー2のあのシーンに見えて(これもまさにパトレイバー2のあのシーンの元ネタがミグ25亡命なんだから当たり前なんだけど)……あと、これは僕の耳が悪いと思うんだけど、三島由紀夫の役者の声がなーんか古川登志夫氏に似ているような気もしたりして……
で、しかもこれ、映画としてはこれ正直言って「できが良すぎる」ものなんです。なんつーか、この前の二作を見ていて「渡辺文樹っていうのはやっぱりアクが強いものを出すんだな……」と覚悟していた所に出されたのがまぁまぁ美味しいステーキで、「え、何?これ食って良いの?っていうか実はこれ牛の肉じゃないとかない?」と怯えてしまうというか、そんな感じです。だって僕これと、この後の赤報隊((赤報隊ぐらい一発変換しろATOK……))を見ているとき、普通に何も考えず手に汗握っていましたもん。
ただそうであるが故に、前の二作に比べると正直小粒に感じたりもするわけです。いや、まぁそれはこの前の二作と比べるからそうなるんであって、普通に考えれば戦後昭和史の中であそこまで色々な事件に一人の人間が首を突っ込む、しかもその人間が映画監督の分身であるなんてことは十分アバンギャルドなんですがね……
というわけで、この映画は、僕は「初めて渡辺文樹映画を見る人」や、「普通にロードショー映画を楽しむような感じで渡辺文樹映画を楽しみたい人」に特におすすめ、というか、「万人におすすめ」(!)です。面白さは保証します。
ただ、これだけでは完結せず(というかこれだけ見たら必ず消化不良になると思う)『赤報隊』に物語は続くので、そこはご注意を。
『赤報隊』
で、その『三島由紀夫』の続編、というか第二部であるのが『赤報隊』です。ですが、赤報隊は正直あんまり出てこなく、話の内容としては銀行に入社した主人公が色々あくどい手を使って目的を達成しようとする様や、その結果生じる様々な悲劇、そしてその悲劇を見た主人公の改心、という内容です。
これも普通に面白い政治経済サスペンスって感じで進みます。ただ、途中の家族が主人公を非難して平和憲法の大切さを力説したり、そしてその家族が陰謀で(?)殺された後に主人公がその家族の意志を継いで同じことを語るシーンの唐突さはありますが、でもまぁそれも結構普通の映画にあることですし、CASSHERN好きの僕ですから当然そういうシーンも大好きなわけです。
しかしまぁ、これも現代史をテーマにしている以上必然なんですが、そう簡単にじゃあ良い方向に進むかというとそんなこともなく、住友銀行の不正を、それを発案した主人公が朝日新聞にたれ込んで世間に発表しようとすれば圧力がかかり、そして赤報隊事件が起こる。不正をしゃべってしまいそうな人間はどんどん消されていくというわけで、主人公の復讐は果たされない。そしてそういう風になっていった主人公がどうなるかといえば、最終的に竹下元首相の褒め殺しの原稿を書く(!)という……なんつーか、松川事件に関与すらした人間なのに、そして何より、途中で「平和憲法を守りたい!」なんて大上段に構えて言った自分なのに、やってることは……という感じが、褒め殺しを聞いている顔からにじみ出てきて、こういう「挫折した感じの人」好きの僕としては、ちょっときゅんときたりしたわけです。
あと、多分世間での渡辺文樹作品に一番求められているイメージとして「世間のタブーを暴く」というものがあると思うのだけれど、そういうイメージに合うのはやっぱこの作品ですね。まぁ、これは僕が若いって理から、菊タブーっていうものがそんなに「タブー」と思えないっていう理由があるからなのかもしれないけどね。
この作品は、まぁ第二部なので、とりあえず第一部『三島由紀夫』を見た人には全員お勧め、というか第一部見た人は僕がお勧めしなくたって当然見るだろうけどさw。あとやっぱり「タブーを知りたい!」とか「この日本の黒い闇を暴きたい!」っていう人ですかねーお勧めしたい人は。
まとめ
実は、この四作品見るために、一作品で千((これは場所によって違うのでご注意を。ただそうであっても見る価値は絶対あります))円で、全部で四千円でした。ですが、その四千円の価値は絶対!ありました。ただその価値っていうのは、見る前に思っていた価値とは違ったことが結構多かったです。
まぁ、たかだか四作品しか知らない僕が「渡辺文樹映画」について語るというのもおごがましいことですが、渡辺文樹作品って、どれも刺激的なテーマを扱ってはいますが、しかしただ刺激的なものを「刺激的なもの」として出しては居ないんですよね。予算が極めて限られていて普通の映画は撮れないんだから、それをするのが一番楽なのに。そうではなく、もちろん普通の映画とは全然違うんだけど、かといって「暴露もの」だけではない、独特の映画の面白さを持っている気がします。実在のこと・ものを対象にはしているんですけど、ドキュメンタリーとはむしろ対極にある、ケレン味―つまり「はったり」や「ごまかし」―が満載の面白さです。
今の時代、普通の映画なんて言うのはTVやDVDで、実際に映画をやっている場所にいかなくても後でいくらでも見れますが、こういう映画っていうのは「現場」でしか見られません、そして「現場」だからこそこういう映画は見れるわけです。だったら、どうせお金をかけて見に行くなら、風の噂で近くに上映会が来るとことが分かったときにでも、こういう映画を見に行くのが良いんじゃないでしょうか?
参考リンク
柳下毅一郎氏のレビュー。この人はずっと渡辺文樹氏の映画を追いかけているそうです。
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